世の中に発表される研究発表の真否は

Smocking_contest 例えば、喫煙がアルツハイマーの発症を軽減させるという研究発表は、以下のようなことだった。そして、アルツハイマーの原因説に関わるアルミニウムに関しても、原因ではないと発表されているようだが、その発表にもアルミニウム業界が関係する。
このように、研究発表を鵜呑みにすることは大変危険であるが、研究発表は有意義であり、その真否を十分考察することで、その研究発表によって多くの智慧を得ることができる。それは様々な意味である。この社会の人間の自我利権の仕組みや、同時に、自分の健康に対する平常心における知見が備わる。
私はちなみにタバコは吸わないし、アルミニウムの鍋などは全部捨て、アルミ蒸しなどの料理も食べない。今や世界中の論文が読める。時間も、そんなにかからないので、疑問や違和感のあることはそれが無くなるまで調べることが大切であろう。

情報源: アルツハイマー型認知症 – Wikipedia

喫煙が本症の危険因子か否かについては、これまで議論があった。喫煙を含むニコチンの摂取がニコチン性アセチルコリン受容体よりドパミン神経系に作用し、アルツハイマー型認知症の発症を減少させるという説もあった[20]が、後に、この説を唱える研究団体がたばこ産業から資金を受け取っていた事実が暴露された[21]。

アルミニウム原因仮説
アルミニウムイオンの摂取がアルツハイマー病の原因のひとつであるという説がある。この説は、第二次世界大戦後、グアム島を統治した米軍が老人の認知症の率が異常に高いことに気がつき、地下水の検査をしたところアルミニウムイオンが非常に多いことがわかったことによる。雨水と他島からの給水によってその率が激減したこと、また紀伊半島のある地域でのアルツハイマー患者が突出して多かったのが上水道の完備により解決したことがその根拠とされている。後者も地下水中のアルミニウムイオンが非常に多かったことが示されている。もっともこれらの調査例は、地域の人口動態などの裏付けがない(家族の集積性や崩壊過程などを考慮しない)単純比較であり、学会や多くの学識経験者が支持している研究成果ではないことに注意する必要がある。
日本におけるアルミニウム原因説の広がりは、1996年3月15日に毎日新聞朝刊により報道されたことによる。記事では、1976年にカナダのある病理学者がアルツハイマー患者の脳から健常者の数十倍の濃度のアルミニウムを検出した例や、脳に達しないという見方が大勢であったアルミニウムイオンが血液脳関門を突破することが明らかになったことなどを紹介している。この記事は、1面ではなく家庭面のベタ記事扱いであったが大きな反響を呼び、後に読売新聞、朝日新聞なども同様の記事を掲載した。これら報道により、既に海外では下火となっていたアルミニウム原因説が、日本では次第に有力視されるようになった。消費者の一部には、アルミニウムを含む薬剤でろ過する上水道水や、一般的に調理で用いられるアルミ鍋に対して拒絶する動きが起こり、高価な鍋セットや浄水器を販売する悪徳商法も盛んになるなどの余波も生じた。
業界団体である日本アルミニウム協会などはもとより、アメリカ食品医薬品局も、アルミニウムとアルツハイマーの関係を否定している[30]。学会などで発表される事例も、日本人の手によるものの他はわずかである。現在では、アルツハイマーの発症原因のほとんどが、遺伝子そのものの変異や外的要因(前出の疫学を参照)など複数の要素と考えられている。

世界三大伝統医学

世界には様々な伝統医学があり、人々の健康を支えてきました。その中で・中国医学(中医学ともいう)・アーユルヴェーダ(インド古典医学)・ユナニ医学(アラブ・イスラムの医学)が三大伝統医学と言われています。中でも、西アジアからインド、東南アジア、中国などの広い地域全般で行われている伝統医療を総称して「東洋医学」と呼んでいて、「中国医学」、「アーユルヴェーダ(インド古典医学)、「チベット医学」がその主流とされています。その中の中国医学が日本に渡って、日本の「漢方」となりました。

「漢方」というと狭い意味では漢方薬による治療法を指しますが、広くは湯液療法(漢方薬)、鍼灸、導引(按摩術)を含めた伝統医学の総称です。

鍼灸は、欧米など多くの国々で医療行為として認められており、現在では世界の100ケ国以上で鍼灸が取り入れられるようになりました。

1972年にはWHO(世界保健機構)が鍼灸を世界の伝統医学として認め、その後40種類以上の疾患を鍼灸の適応疾患として認めて発表しています。

自然と一体になる東洋医学

 東洋医学には、「病気だと診断はつかなくても健康ではない病気になる前の状態、半健康状態=未病」という概念が昔からあり、健康と病気は段階的に連続しており、心と体は一体のものとして捉えてきました。病気は心を含めた身体のバランスが崩れているから起きる、そのバランスを正さない限りは、たとえ手術や薬で潰瘍を治したとしても、病気はまた別の場所にあらわれる「病気が移動する」と考えるのです。だから病気になる前に身体の状態を良くして免疫力を高めておく、というのが東洋医学のアプローチです。普段から、自分の体や心の声を良く聞いて、自然治癒力を発揮させておくことが大切なのです。高齢化や様々なストレスを抱え慢性病に悩む現代社会で、この東洋医学の「病気を予防する/未病を治す」という概念は、西洋医学にも持ち込まれるようになりました。

東洋医学のなかに含まれる中国医学では、人体の活動をつかさどる要素を「気」「血」「水」の3要素にあるとして、これがバランスをとっているときが健康であると考えています。「血」は血液を指し、「水」は血液以外の体液を表します。そして「気」とは自然治癒力と同じ事です。ですから「気」を高めておけば、「血」も「水」もとどこおりなく流れて病気にかからず、「気」を弱くしていると病気にかかる、ということです。

「病は気から」とはここから来ています。

擦り傷や切り傷がいつの間にか治っていくように、私たちはもともと、相当な自然治癒力を持っています。しかし、現代社会でストレスがたまったり、不安や怒りによって精神状態が不安定になってくると、「自ら秩序をつくりだす能力」が落ちていき、病気を患ったりします。例えば宇宙空間はきわめて秩序性の高い空間です。地球はいつも24時間で一回転し、365日で太陽のまわりをひとまわりします。そこで自分も、この大自然のもつ秩序性の中の一員である、という認識をすること、思い出すことが、自然治癒力を発揮することにつながっていくのだと思います。『何か体にいいことを1つ始めるよりも、悪い習慣を1つやめる方が10倍の効果がある』と、ある針灸師の先生がおっしゃっていました。何かで行き詰まったりストレスを感じたときには、いつでも自分の原点に戻れば一番大切なものに行き着き、それを基本に生きていけば余分なものは自然と排除されていくのかも知れませんね。

HEALTH

体の調節役「自律神経」

私たちの体のあらゆる機能(血圧、血糖、呼吸、消化管、汗の分泌、体温調節など)は、自律神経で調節されています。自律神経は、私たちが意識しなくても働く神経なので、体を整えるためにはまず、この自律神経の働きを考慮することが重要になります。その構成はとても単純で、「交感神経」と「副交感神経」という二つの神経のバランスで成り立っています。交感神経が働くとエネルギーを消費する活発な体調になり、副交感神経が働くとエネルギー消費を抑制したり蓄積したりする休息の体調になります。なので、生活習慣や考え方などでどちらかが優位になりすぎてしまうと、体調が崩れてしまうわけです。もともと人間のメカニズムとして、誕生から青年期あたりまでは副交感神経が強く働きます。これは、副交感神経が体の成長を促す働きをするからです。そして20~40歳あたりはバランスのとれた時期、さらに50歳あたりからは、交感神経の働きが強くなり、血圧が高くなったり肩こり、腰痛、関節の変形や痛みなどが出てきます。このような加齢や老化のほとんどは、交感神経の働きすぎの可能性が高いのだそうです。

次に、自律神経の働きがどのように体と心に作用しているかを見てみましょう。

<交感神経>

交感神経の働きは、心や精神面においては、やる気が沸いて意志力が強く、集中力も高くなります。しかし働きすぎると、物事にとらわれ興奮し、周囲が見えなくなってしまいます。体においては、活力があり筋肉質であり、便通は少なくなります。しかし働きすぎると、緊張して筋肉がこわばり、便秘がちになってしまいます。このような交感神経の働きすぎの状態が続くと、癌、胃炎・肺炎などの炎症、多汗、耳鳴り、不眠、食欲減退、肩こり、腰痛、神経痛、歯槽膿漏、高血圧、脳梗塞、心筋梗塞、冷え性などの病気や症状があらわれます。

<副交感神経>

副交感神経の働きは、心や精神面においては、穏やかで物事に良く気がつきますが、働きすぎると心の迷いや過敏、情に流されてしまう症状がでます。体においては、ゆったりして筋肉も柔らかく、便通も多くなります。しかし働きすぎると、無気力でだるく、下痢になってしまいます。このような副交感神経の働きすぎの状態が続くと、様々なアレルギー(くしゃみ、鼻づまり、アトピー性皮膚炎、ぜんそく、花粉症、リュウマチなど)や、胃潰瘍、偏頭痛、生理痛、疲労感、めまい・立ちくらみ、気力の減退、むくみなどの症状があらわれます。

女性ホルモンと自律神経

大脳の視床下部というところが交感神経と副交感神経の働きを支配する「自律神経」をコントロールしています。この視床下部のすぐ近くにある脳下垂体では様々なホルモンを分泌していて、視床下部はこの脳下垂体もコントロールしているのです。逆に視床下部がホルモンの影響を受けることもあるため、ホルモンの変化のリズムが自律神経の働きにも影響を及ぼします。ホルモンのバランスが不安定になると、それにつられて自律神経のバランスも不安定になってしまうのです。男性の場合は、思春期に性ホルモンの分泌が高まり、以降は初老期まで比較的安定していますが、女性の場合、思春期…ホルモンの分泌が増え初潮をむかえる、成熟期…ホルモンの分泌は安定するが、妊娠・出産により大きく変化する、更年期…ホルモンの分泌量は増えたり減ったりと不安定になり、減少して閉経をむかえる、といったように、一生を通じホルモンが変化し続け複雑なのです。 ホルモンの分泌量が不安定になると体調も不安定になります。その結果、自律神経のバランスが崩れてマタニティーブルーや更年期障害などに陥ることがあるのです。

なぜアレルギーになるか?

サークルスタッフの中にも花粉症を持ったスタッフがいて、最近やっと治まってきたところですが、花粉症をはじめとするアトピー性皮膚炎や気管支喘息といったアレルギー疾患は、年々増加しています。もともとは子どもに多い病気なのですが、近年では大人になっても治りきらなかったり、大人になってから発症する人も多く、問題となっています。このようなアレルギー疾患の人は、体内のリンパ球が多すぎる傾向にあるようです。

リンパ球は副交感神経が優位になると増えます。リンパ球が増えすぎると、わずかな刺激や異物に対しても過敏に反応し、アレルギーを起こすことになります。都会っ子や現代っ子は特に、この副交感神経優位の人が多く、これがアレルギー疾患の人が増えている原因となっています。

現代人は清潔で、空調などで温度管理をされた快適な部屋で暮らし、飽食と呼べるほど豊かな食生活を送っています。交感神経を活発にさせる紫外線に適度にあたることも減っています。交通手段やエスカレーター、エレベーターの普及で歩くことも少なく、運動不足にもなっています。排気ガスによって炭酸ガスが増えていることも副交感神経優位に働きます。夜更かし型でメリハリの少ない都会の生活は自律神経を乱し、副交感神経優位人間にさせてしまいます。このような都会型の甘やかされた生活が、アレルギー疾患を助長させているのです。

また、テレビCMでも消臭・殺菌剤が盛んに宣伝されていることからも解るように、現代人はあまりにもクリーンすぎて、周囲のちょっとした雑菌ですらすぐに殺菌します。その結果、体内に侵入する抗原が激減し、ばい菌と戦うリンパ球の活躍の場が奪われてしまいました。そしてその矛先が本来なら無害の花粉やハウスダストへと向いて過敏反応を起こすようになってしまったのです。滅菌・殺菌という公衆衛生上の過剰な防衛が、人の身体の免疫システムに影響をきたしています。

あまりにも便利で、あまりにもきれい好きな生活習慣がこの様なアレルギーを引き起こす一因になっているのです。青っ鼻をたらしながらどろんこになって遊んでいた昔の子どもたちを、少し見習ってもいいかもしれませんね!

健康の源は血流から

テレビの健康番組でも良く耳にする「血液サラサラ」という言葉のとおり、健康維持や美肌、頭の回転を良くするには、血液の流れを良くすることが大事です。栄養や酸素を多く含んだ良い血液を全身にめぐらせ、老廃物を含んだ血液を流れ出すような血液の入れ替えがスムーズに行われることにより、自然治癒力を高めて病気予防をすることが出来るのです。この血流を良くするのに有効な手段は、適度な運動はもちろんですが、「足湯」もとても注目されています。温泉地に出かけてみても、この「足湯」のできるスポットをよく目にするようになりました。確かに足をつけているだけで全身がポカポカして暖まった経験を思い出します。これほど効率よく簡単に出来る療法はなかなかないですよね。

家庭でも手軽にできる足湯の方法は、両足が入るバケツとお湯さえ用意できればいいわけですが、基本的な時間としては20〜40分間で、温度は足し湯をしながら徐々に上げるのが効果的です。湯温や時間設定は、自分の体調を考慮してすることが重要です。交感神経が働きすぎているときは、ほんのり汗をかくくらいの足湯を30分ほど行います。副交感神経が働きすぎているときは、たっぷり汗をかく熱めの足湯を20分ほど短めに行うと効果的だそうです。

<冷え性と足湯>

女性は特に、冷え性で悩んでいる方が多いのではないでしょうか。なんと、冷え性の世界共通の治療法は「足湯」なのだそうです。東洋医学で冷えの治療によく使われる経路は、足の小指にある「腎経」と「膀胱経」で、この経路の流れが良好になると冷えは解消しやすくなります。婦人科疾患は、自律神経のバランスの崩れによる「冷え」が大いに関係しています。クヨクヨ悩んだり、イライラする生活が続いたりして悪いストレスをため込んだりするような、交感神経の働きすぎの生活を送っていると、更年期障害や不妊、腫瘍が発生するといわれています。また、ストレス解消といって食べ過ぎや甘いものの過剰摂取などを続けていると、副交感神経の働きすぎになり、生理痛、倦怠感、偏頭痛などが発生してしまいます。この様な自律神経のバランスが乱れたときは、前に述べたような体調に見合った「足湯」をすることで、心と体をコントロールできます。

日光浴のススメ

地球上のほとんどの生き物は、太陽のエネルギーを受けて生きています。人間も例外ではありません。新潟大学大学院医歯学総合研究科教授で免疫学者の安保徹先生の著書の中にこんなことが書いてありました。人間は地球の様々な地域に適応して生きているので、太陽エネルギーへの適応も違っているというのです。例えば、黒人は、赤道付近の太陽光の強い地域に適応した人種です。逆に白人は、太陽の弱い地域に適応した人種だそうです。近年、アメリカやオーストラリアに住む白人の間で紫外線からなる皮膚ガンの増加や危険性が取り上げられています。本来は、ネイティブアメリカンやアボリジニーといった原住民が適応して住んでいた太陽光の強い地域ですので、白人は紫外線に対して特に注意が必要だということです。そして日本人は、黒人と白人の中間的存在ともいえる黄色人種です。なので、紫外線に当たると体に悪いという白人の考えには当てはまらず、むしろ太陽に充分に当たることが日本人の健康法といえます。実際、日に当たると血行が良くなり皮膚の輝きも増してきます。また、紫外線は骨をはじめとする運動器を丈夫にするので、日光に当たって過ごしている人は健康度が増します。特に、子どもが日光に当たらない生活を続けていると、色白で体がひ弱になり、副交感神経優位の体調になってしまいます。これは、アトピー性皮膚炎や気管支ぜんそくを発症する体調になってしまうということです。太陽の下で元気に遊ぶことが、アレルギー体質からの脱却の道になるということがいえます。健康維持のためには、太陽に当たることが大切なのです。特に、朝起きて浴びる太陽の光は、体内時計を正常に戻してくれます。これにより、夜もスムーズに寝付くことができるようになります。体内時計が生活リズムを刻んでいるのです。

トランスパーソナル心理学

●1960年代末に起こってきた心理学/心理療法の潮流…アブラハム・マズロー「心理学の第四勢力」

●人間性心理学の発展形…自己実現だけでなく「自己超越」までを射程に収める心理学

●アメリカ社会のポストモダン化の流れの中から出現した学派であり、欧米社会の近代化過程の中から出現した超心理学とは歴史的背景が異なります。

自己超越=「個を超える」ということ

トランスパーソナルで言う「個」とはいわゆる「自我」(わたし)のことを指します。

自我意識に限定された「わたし」を超えるさまざまな意識の体験を総括して「トランスパーソナル」と呼びます。例「宇宙意識」「至高体験」「神秘体験」「宗教的回心(神などを信じるようになること)」等

自己やアイデンティティの感覚が、個人的なものを超えて、人類、生命、精神、宇宙のより広い諸側面を含むものへと広がる体験

トランスパーソナル心理学の研究

何らかの技法、例えば心理療法、瞑想、身体技法などを実践します。(瞑想太極拳など)

個別の実践における探求の成果を,普遍的合意にまで高めることを目標とします。

客観性と実証主義にもとづく知(狭義の科学)という側面よりも、間主観性と経験主義に基づく知という側面のほうに重点を多きます。(この点が超心理学とは異なります。)

意識のスペクトル

日常的な状態では、意識は自我レベル、または仮面(ペルソナ)-影のレベルに同一化しているが、実存レベル、超個(トランスパーソナル)レベル、心(MIND)のレベルと下降していくにつれて、アイデンティティの感覚は広がって行きます。すなわち、アイデンティティは宇宙をも超えて時間をも超えるという感覚であり、仏教では超時空と表現します。

意識が超個的帯域(Transpersonal Band)に同一化している時、さまざまな超心理現象が発生すると言われる(超個的帯域では、意識が身体全体にまで広がった実存のレベルと、意識が宇宙全体に同一化している心のレベルとの間にあり、意識が個体を超えて広がっています。瞑想太極拳などの想念レベルでの体験など。

意識のスペクトル-意識の深化

実存のレベルと心のレベルの間に、もっとも神秘的で誤解されやすく、一般に恐怖や当惑をもって受け止められる未踏のスペクトルの領域が横たわっています。これが超個の帯域です。この領域に踏み込むことこそが意識の深化と、心のレベルへの道への始まりなのです。

この帯域は「魂の闇夜」として体験されることもあれば、阿弥陀如来の無量寿光(宇宙に存在する意識のネットワークであり人類の集合意識そのものです。プラトンのアニマ・ムンディ(宇宙魂)ユングの集合的無意識がこれに相当します。

ここで人は、菩薩や天使のヴィジョンと出会うこともあれば、無数のマーラ(釈迦が悟りを開く禅定に入った時に、瞑想を妨げるために現れたとされる魔神)、すなわち元型(ユングの提唱)的な悪魔に囁きかけられる場合もあります。又逆に「内なる案内人」を発見したり、この識域に住む恐ろしい住人の手に落ちたりするのもここなのです。

又中には、アイデンティティが身体の外へと移行することもあります。

体は、すなわち身体である物質体(肉体)と、その生命を維持する生命体とも呼ばれるエーテル体で重層的に構成されています。エーテル体は、実体として捉えられた生命力でありオーラや気などと同一視されることもあります。

体は感覚を通して人間に色、形、香り、味、感触などを伝えます。

感覚から受け取られた世界は魂の中に表象として現われます。(般若心経=受)

魂内部の情動により表象は快・不快、共感、反感と結びついて経験されるのです。(想)

すなわち内的経験は身体の外にある、霊的な部分、アストラル体によって可能になるのです。 このアストラル体が唯識論などでは第九意識、又は純粋欲求、道教では無極などと表現されていますが、単純に魂と考えても良いでしょう。人間は魂に基づき動く、心、気、体と考えられます。

超個の帯域では、このアストラル領域にアイデンティティを連れ去られるここともあるでしょう。その時人はESP、透視、透聴といった超常現象が起こったり、「過去生」を再体験したり、未来の出来事に自らを投影したりするのもここなのです。この超個の帯域はこのように、あいまいな領域が存在する場所なのです。

超心理現象

LSD(幻覚剤)や気功導引法やヨガなどにある呼吸法ブリージング、又は瞑想太極拳などによって誘発される、宇宙との一体感、全知全能感、強い至福感などを伴う編成意識状態を体験します。この体験は時に人の世界観を一変させるほどの強烈なものと言われています。

その体験は精神や肉体が極限まで追い込まれた状態、瞑想や薬物の使用などによってもたらされるとされています。

変性意識状態に接近する際、個人は、日常的な意識を支えている自我が一時的に死を向かえ、トランスパーソナルな領域へと参入する一連の「死と再生」のプロセスをたどります。

意識が超個的帯域(Transpersonal Band)に同一化している時、さまざまな超心理現象が発生すると言われています。超個的帯域では、意識が身体全体にまで広がった実存のレベルと、意識が宇宙全体に同一化している心のレベルとの間にあり、意識が個体を超えて広がっています。

トランスパーソナルな領域は、個体を超えて広がる一種の意識の場であり、時間・空間というカテゴリーを超越しています。

脳を超えて

ときに、遡行がさらに先まで進み、祖先の生活の記憶を再体験したり、民族的・集合的無意識にふれたという否定しがたい感覚を抱くこともあります。また、たまにLSDの被験者が進化の系統を遡り、人類の祖先のさまざまな動物と同一化する体験を報告したり、前世の出来事を再体験しているという強い感覚を抱くこともあります。

宗教的な修行の過程が進行するにつれて、仏教の六神通、修験道の験力などのように、遠隔視やテレパシー的な体験が生じる場合があることは広く知られています。

トランスパーソナル体験を病理に還元する近代精神医学のモデルを離れて、「異常-正常-超正常」として再編する必要があります。LSDやマリファナの一時体験による世界理解

時間も空間も、常識的には客観的な世界の側の属性として考えられているが、PSI現象やトランスパーソナル体験を視野に入れると、時間・空間はともに一定の意識状態の属性として考え直す必要があります。それは、意識レベルに応じて、体験される時間性・空間性は変容するのです。

心の概念を拡大する必要性

心は、個体を超えて、また「いま・ここ」という時間的・空間的制約を超えて広がっている一種のフィールドとして構想される必要があります。それを全情報として心と考えます。

行動分野の研究

行動は認識の薫習による感受と想念によって起こります。その行為や言動は認識され又新たな行動のための条件となります。

例えば,駅のプラットホームについたら、時間にぴったりと電車が入ってきた。

幸運?いいえ、それは自分の行いと生き方考え方によって必然的に起こっているんだと判断し,自らの行いと生き方考え方の素晴らしさを喜ぶ。

又逆に今電車が出たところであれば,しばらくこのプラットホームを楽しむことができた実際を喜ぶ。そして、もし今後は時間にぴったりの電車に乗りたいと思うのなら、自分の考え方、生き方等を反省し,再創造すると、その場でそのようになる。

次からそのようになるためにはその種を持ち続けることであるが、その種を持ち続けることは人間の本質的な欲求でないことを理解できれば、その種に拘らなくなると言う行動の考え方に立った実戦研究課題です。

恥をかかされたとき

嘘をつきたくないとき

人のことが嫌いで仕方がないとき

体がついてこないとき

長い電車が退屈なとき

A/人の顔を見てその人の人生を考えてみる

順番を抜かされたとき

子どもがぐれたとき

人のやることが遅いとき

人が失敗したとき

彼女に振られたとき

約束を破られたとき

予約が伝わっていなかったとき

周りで子どもがうるさいとき

A/それに一一イライラするよりも、騒いでいることを喜ぶ

周りで危ない事をしている時

人が信じられないとき

A/信じながら、納得がいかないことはとことん聞いて、些細な疑問がある内はその人を信じながら質問する。しかし、怒ったり、あやふやなことを言った場合は、その原因も質問する。信じないのではなく、もっと納得したい、納得できないということだけである。信じないのは受け容れないこと、納得したいのは受け容れてしまっていること、大きな違いがある。納得できない自分を探りながら、又、相手の深層を探っていく作業であり、普遍性を求める。

腰が痛いのにしなくてはいけないことがある。

寒いのに帰ってきて晩ご飯が出来ていないとき

わがままはいい?

後ろからの通り魔

地球は自分のために回っている

またされてうれしい

悪いことが起こったら。

A/自分が生まれたから

けががうれしい?

病気がうれしい?

悪口うれしい?

やり残したことがある

A/人生にはやり残すことがたっぷりもあるし、全くもない

ものを落としたとき

死のうと思ったとき

良いことが起こったとき

A/全部自分の行いのおかげと思うこと

借金が増えたとき

人が何かをしてくれたら恩を感じるとき、それに縛られると苦しいとき

寒い風に吹かれるとき

あつい太陽に照らされるとき

いわれのない暴力を受けたとき

批判されたとき

試験に落ちたとき

友人に裏切られたとき

不細工に生まれたと思ったとき

最低な人と言われたとき

調和本能(集団欲)

心理学などでは、人間が深層に持つ本能の中に、深い純粋欲求には森羅万象に所属しようとする集団欲という本能があります。

子孫を繁栄させるための本能の中に母性本能や性欲があったり、自分自身の命を維持するための本能として食欲や睡眠欲があったり、自分自身のテリトリーを守るための闘争本能があったり、人間は様々な欲望に駆られます。

その欲望は生きていく上での素晴らしいエネルギーでもあり、生きることのそのものです。

しかしながら、この世に生まれた人間の短い期間での体験が、悠久の昔からある純粋な本能を暴走さえることもあります。

最後の砦となるのが所属を得ようとする集団欲です。

その集団欲も自我に基づいている場合は所属や序列にこだわり暴走することもあります。

しかし、その本能が純粋欲求に基づき、本能と協調しているときこそ、全てを受容することで、全てを包括し、一体であることが所属を超越し、客観性にて愛されることは、主体性にて愛すことで達成し、心のそこからの充実感と幸せを感じるのです。

思考分野の研究

思考が人間の世界を構成していることを考察するための研究項目のリストアップ

自我の統一/第一段階 古い不幸の記憶を一掃し新しい幸福をインプット

自我の統一/第二段階 思考訓練(例:どうやって息をするか考えること)

自我の統一/最終目標 無意識(例:自律神経で呼吸をしている状態)

陰の作用

自我の分解の原因1 権威者による疑似統合家族

自我の分解の原因2 親との間に未解決の問題を残している

自我の分解の原因3 心の中の戦いにエネルギーを消費する

自我の分解の原因4 混沌家族と擬固家族による同一性の犠牲

自我の分解の原因5 虚勢コンプレックス(迫害を受けるかもしれない)

自我の分解の原因6 機能集団家族(社会的地位向上家族=例:子供の成長を通じて社会的地位を向上させようとする)

自我の分解の原因7 精神的病理集団である家族に属して育つ

自我の分解回復法1 “1/虚勢コンプレックス 成長期の混沌家族と擬固家族による虚勢に対する敵意を自覚し、その原因となっている虚勢、迫害恐怖に目を注ぐこと”

自我の分解回復法2 2/共同体家族を実現する(好きなことをやっていても壊れない家族)

自我の分解回復法3 “3/自我を自我の分解となった家族(主に両親)にぶつけ、受け止めてもらうことができればそれでよし、じゃなければ未練を断ち切る。”

自我の分解回復法4 4/精神的病理集団である家族から自立する

■愚かなこと原因A (発育期の甘えの飢餓が原因)

愚かなことA-1 周囲の反応を気にすること。

愚かなことA-2 周囲の反応を望むこと

愚かなことA-3 何をしてくれるかを望むこと

愚かなことA-4 周囲は自分のペースにあわせてほしい。

愚かなことA-5 自分の感情をさらけ出せない。

愚かなことA-6 自分の憎しみを正当化すること。

愚かなことA-7 一人では何も楽しめない。

愚かなことA-8 人を甘やかすことができない

■愚かなこと原因B (発育期の愛情飢餓が原因)

愚かなことB-1 自分は愛される存在ではないと思うこと。

愚かなことB-2 周囲に気に入られようとすること。

愚かなことB-3 見知らぬ人と会うのはストレス。

愚かなことB-4 消極的

愚かなことB-5 はずかしがる

愚かなことB-6 失敗をおそれる

愚かなことB-7 自分をみっともないと思う

愚かなことB-8 ありのままをさらけだせない

愚かなことB-9 自分自身を尊敬しない

愚かなことB-10 人の弱点や失敗を嘲笑する

愚かなことB-11 自分は素晴らしい人生を歩むに値しない人間と思う

愚かなことB-12 相手の言うことをそのまま受け取る

愚かなことB-13 傷つくことをおそれる

愚かなことB-14 “相手に尽くそうとしたり、尽くされたいと思うこと”

愚かなことB-15 人の動作を軽蔑すること

愚かなことB-16 “犠牲を誇示し、犠牲の代償を望む”

愚かなことB-17 自分の弱点を隠そうとすること

愚かなことB-18 自分の自然な感情にまかせて行動することができない

愚かなことB-19 相手の感情に沿った感情を作ろうとする

愚かなことB-20 自己を軽蔑する

愚かなことB-21 相手の自然な感情を認めない

愚かなことB-22 “自己を偽り、心と違う振る舞いをすること。”

愚かなことB-23 自分や相手に完全な実現を要求する

愚かなことB-24 心の内を表情に出さない

愚かなことB-25 相手の幼稚さを受け入れない

愚かなことB-26 相手にこうあってほしいと望む

愚かなことB-27 言葉に出さないで不快感情を示すこと。

愚かなことB-28 自分を責められることを拒否する

愚かなことB-29 “自分が被害者、相手を加害者とする”

愚かなことB-30 “やりたいことをやらず、やりたいことをやっている人を責める(偽相互性)”

愚かなことB-31 楽しむことに罪の意識を感じる

愚かなことB-32 覚えていなかったことを責めること

愚かなことB-33 自分は誰からも被害は受けないと思う

愚かなことB-34 人を愛せない

愚かなことB-35 愛を受け入れることができない

愚かなことB-36 生きる支えがほしいと思う

愚かなことB-37 人の好意に甘えることができない

愚かなことB-38 指摘から目を背ける

愚かなことB-39 人を指摘できない

愚かなことB-40 人への迷惑をおそれる

愚かなことB-41 失敗への回避が克服できない

愚かなことB-42 嫌われることをおそれる

■愚かなこと原因C (発育期の自立阻害が原因=過干渉)

愚かなことC-1 取り繕うこと

愚かなことC-2 自分を装う

愚かなことC-3 人をほめることができない

愚かなことC-4 ほめられることを素直に喜ばない

愚かなことC-5 罪悪感を人に与える

愚かなことC-6 干渉されることを拒絶する

愚かなことC-7 “親(他人)との関係を確保し、一緒にいると気が重い”

愚かなことC-8 できる方がいいとわかっていてもできないとあきらめること

愚かなことC-9 自分の期待に反したら好意は変わる

愚かなことC-10 らしさを求める

愚かなことC-11 戦うことをおおそれる

陽の作用

★自然なこと原因A (発育期の甘えの満足)

自然なことA-1 周囲を信頼すること。

自然なことA-2 自分を信頼すること。

自然なことA-3 何をしてくれるかは望まない。

自然なことA-4 自分の感情をさらけ出すこと。

自然なことA-5 一人で何でも楽しめる。

自然なことA-6 自分自身を尊敬する

自然なことA-7 人を甘やかすことができる

★自然なこと原因B (愛情満足)

自然なことB-1 自分は愛される存在であると思うこと。

自然なことB-2 周囲に気に入られなくても気にならないこと。

自然なことB-3 積極的

自然なことB-4 はずかしがらない

自然なことB-5 失敗をおそれない

自然なことB-6 自分をみっともないと思わない

自然なことB-7 ありのままをさらけだせる

自然なことB-8 人の弱点や失敗を嘲笑しない

自然なことB-9 自分は素晴らしい人生を歩むに値する人間と思う

自然なことB-10 相手の言うことをそのまま受け取る

自然なことB-11 傷つくことをおそれない

自然なことB-12 “相手に尽くそうとしたり、尽くされたいと思わないこと”

自然なことB-13 人の動作に慈愛を持つこと

自然なことB-14 自分の弱点を隠さないこと

自然なことB-15 自分の感情にまかせて自然に行動できること

自然なことB-16 相手の自然な感情を認める

自然なことB-17 相手の感情に関しない

自然なことB-18 “自分を偽らないで、そのままの行動をすること。”

自然なことB-19 自分や相手に完全な実現を要求しない

自然なことB-20 自分の犠牲を感じない

自然なことB-21 犠牲の代償は求めない

自然なことB-22 心の内を表情に出す

自然なことB-23 相手の幼稚さを受け入れる

自然なことB-24 相手にこうあってほしいと望まない

自然なことB-25 不快感情を示さないで言葉に出す。

自然なことB-26 自分が責められることを拒否しない

自然なことB-27 “自分が被害者、相手を加害者としない”

自然なことB-28 “やりたいことをやって、やりたいことをやっている人を責めない(相互性)”

自然なことB-29 楽しむことに罪の意識を感じない

自然なことB-30 覚えていなかったことは責めない

自然なことB-31 罪悪感を人に与えない

自然なことB-32 “親(他人)との関係を確保せず、一緒にいると楽しい”

自然なことB-33 自分は誰からも被害を受けないと思う

自然なことB-34 人を愛せる

自然なことB-35 愛を受け入れることができる

自然なことB-36 生きる支えなどいらない

自然なことB-37 人の好意に甘えることができる

自然なことB-38 指摘を受け入れる

自然なことB-39 人を指摘できる

自然なことB-40 人への迷惑をおそれない

自然なことB-41 自分の期待に反しても好意は変わらない

自然なことB-42 失敗への回避が克服できる

自然なことB-43 嫌われることをおそれない

★自然なこと原因C (自立)

自然なことC-1 取り繕わない

自然なことC-2 自分を装わない

自然なことC-3 人をほめることができる

自然なことC-4 人にほめられるのは素直にうれしい

自然なことC-5 干渉されることを拒絶しない

自然なことC-6 できる方がいいとわかっていたら失敗をおそれずやろうとする

自然なことC-7 らしさを求めない

自然なことC-8 戦う事をおそれない