小田嶋隆氏「出演者全員が島田紳助におべっか使い気持悪い」
2011年8月14日 07時00分テレビは、いつからこんなにつまらなくなったのだろう――。地デジ化で、女優やタレントが肌の細部まで見えてしまうことを気にしているらしいが、テレビ局側も気が気じゃない。番組の「劣化」が覆い隠せないほど、鮮明に見えてきてしまっている。そのなかでも、ここではあの日テレの“看板番組”の現状をみてみよう。
* * *
『行列のできる法律相談所』(日テレ系列・日曜21時)。法律相談という当初のコンセプトはどこへやら、紳助がお仲間を集めて、さながら学芸会の体だ。
「自画自賛ですみません 私の名シーンSP」と題された7月31日放送回では、上地雄輔や出川哲朗ら出演タレントの感動話を司会者、紳助がいじるだけ。
紳助の仕切りに贔屓タレントのお追従発言、演出の笑い声が加わり、場は盛り上がっている風なのだが、見ているこちらは、どんどん冷めていく。芸能人主催合コンに参加した上地の裏話を暴露して「ドヤ」顔の紳助。見ているのが辛い。
さらに、「続きは『深イイ話』でご覧ください」と自身の別番組を宣伝する始末である。
コラムニストの小田嶋隆氏の談。
「全員が紳助におべっかを使っていて気持悪い。トークは一流でも、番組進行、タレント起用まで胸三寸で決まる。無名タレントが紳助の番組に出演することで知名度をあげ、オーラを身につけていくことをネタにしているだけの蓄電球のような役割かな」
これが日テレの誇る日曜ゴールデンタイムの看板番組なのだから、あとは推して知るべしだ。
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迎合の心地よさは、自らの心をより蝕んでいく。
まるで、蟻地獄の底に向かっているように。
蜜の味を覚えたものは、蜜を求め、より多くの蜜を集めいつの間にか蜜の中に埋もれてしまう。
蜜の中の世界しかなくなる。
その世界から出ることができなくなる。
かおなし(千と千尋の神隠し)に食べられているのだ。
そして蜜の味を覚えたものは、蜜を出すものを探す。
多くのものが蜜を持ってやってくる。紳介から気に入られるために。
気に入られることで、その場所においてもらえる。するとそこで利益を得ることができる。
蜜の味を覚えたものが、それを知ったときから、気に入られたければ蜜をだせ(迎合しろ)となる。自分の好きな蜜の世界が広がる。
迎合とは自分の世界の維持である。最も楽な自分だけの価値観の世界である。
それに迎合してもらっているととても心地も良く、滑舌も良く回る。
それ以外は大きな不安がある。
だから逆らうものには、色々な脅威を与える。
彼は、自分の世界に君臨し、大きな壁と、強い武力を持った独裁者になったのである。その彼が話すことに快感を得ているものは、同じ価値観を持っているのだろう。
気づいて欲しい、そのようなものの餌は迎合である。愛ではない。
そして愛されているように思っても、ただ食べられているのである。
あなたの身体は深層でストレスを持ち、気づかない、それが身体を蝕み、精神にひずみをおこす、心を疲れさせる。
意識的にもし紳介がそれを知ってやっているなら、恐ろしい人間で有り、例え無意識としても、気づこうとしないのなら、同じである。
そして気づいたなら、紳介のような選択をしない自分がいるはずだ。それと、迎合を蝕んでいる自分も。そこでどちらを選択したか?悪魔に魂を売ったか?
いくら、迎合をのみ込んでも、満足することはない。
あなたは愛を求めているのだから。
愛は迎合ではない。受け入れられることだ。
迎合はあなたの気に入るところだけに従い、気に入らないというところから逃げて無視をする。
しかし、それもあなたであるのだから、そのような態度はあなたにとって、深層の深いところで不満なのである。
だからより、あなたは凶暴になる。荒れ狂う。何かに昇華したり、防衛機制に躍起なる。
知識を求め、自己顕示欲を高め、人から認められたい、評価されたい。
いつまでもいつまでも求め続けるが。
あなたは欲しいのは愛である。
そして最後に愛は自分以外のものから与えられるものではない。
あなた自身の中に絶対的に存在するものに気づくのである。
それまで苦しみ続けるのか?
それともそれすら知って、あなたは、独裁者に君臨するのか?
私は、あなたが後者のように見える。紳介さん一度私と、どこにも逃げることのできないところで話してみませんか?
武器も壁も持たず。