易疲労

最近、易疲労(いひろう)を訴える人が増えてきています。

易疲労とはちょっとしたことで、すぐに疲れてしまう症状です。

また全身倦怠感、易疲労感を中心とした症候群である「慢性放射能症」、「慢性原子爆弾症」(都築正男、「慢性原子爆弾症について」昭和29年2月『日本医事新報』第1556号所収)内部被曝や低線量被曝が原因の易疲労もあるようです。

さて、疲れですが、人間の疲れ方には交感神経型と副交感神経型があるのはご存じでしょうか?
結構、疲れとは、交感神経優位の疲れのほうが一般的に疲れと言われているようです。

例えば、無理をして忙しい毎日を送って、ストレスと闘い、休みも充分取らずに疲れている人です。
いつも体が疲れているので、もう疲れさえ自覚しないようになっているときもあります。
だいたいは、血圧や血糖値が高く、イライラとピリピリがいつもの状態で、なにかにつけて不安感が強く、夜は興奮して眠れません。

これが、人間が活動するときに活性化する交換神経優位の疲れです。
ところがもう一つ、休息する時に働く副交感神経優位の疲れ、これが案外知られていない疲れ方です。

体は自立神経の活動の体調を作る交感神経と休息の体調を作る副交感神経というたった2種類の神経によって制御され、全てを決めているのです。
太極思想における陰と陽が世の中の現象を制御しているのと同じです。
体も自然も複雑な仕組みがあるようには見えていますが、陰陽理論と同じで、体は、興奮するか休息するかの、単純なメカニズムの中で営まれています。

もう一つの副交感神経優位の疲れですが、リラックスし過ぎて、ゆったりと緊張感なく、過ごしている生活の場合です。この場合は、副交感神経優位の疲れを感じる方が多く、最近増えてきています。

副交感神経優位の疲れは、小さな事でも気になって落ち込みやすく、少し動くだけでも疲れる(易疲労)、やる気が起こらないことが多く、夜はすぐに眠れますが、朝起きるのがとても億劫になります。
このような場合は、アレルギー疾患などを助長することもあります。
日中には、自らタイムスケジュールを作ってきびきびとした生活にしたり、食事の量を減らしたりして、活動的にしていると改善されるのですが、何せ、ちょっとしたことで疲れるので、なかなかきびきびもできませんから辛いところです。

交感神経優位の人の疲れは、休めば改善しますが、副交感神経優位の人の疲れは、ただ休むだけだと悪化します。このあたりが、副交感神経優位の人の疲れの改善の難しいところです。

交感神経優位の人は、無理すると交感神経が緊張して、血管収縮が起こります。そこで、血流障害によって低体温となります。この場合はリラックスしてお風呂に入って体を温めて、血管を広げるのが最も効果的ですが、また翌日疲れるのなら余り意味がありません。

副交感神経優位の人は、通常は体が温かいのですが、リラックスするだけで運動量が無いと、代謝熱が少なくなり、筋肉を退化させると、筋肉からの発熱が少なくなって、低体温化を招きます。慢性です。
この場合は、太極拳などもしっかりと武道要素のある套路をして、インナーマッスルを育て代謝を高めることが大事です。
太極拳は副交感神経を発勁に使う武道ですが、全体では交感神経もしっかりと使います。ただ、普通の武道とは運動に使う神経が逆と言うだけです。そういうところから、バランスの良い神経活動を促進する太極拳がお勧めです。太極拳の養生法(内丹術)には全て以上の理論が遙か昔から完成されています。

どちらの疲れにも、太極拳の套路は有効です。体内の循環が促進され、体温があがります。
但し、しっかりとインナーマッスルを意識した、武道の動きを内包している動きで無いと、ただリラックスするだけで、より疲れが増すこともあります。
交感神経優位の人にはリラックスするだけで、まず、疲れの改善の第一歩になりますが、副交感神経優位の疲れが最近増えてきているようですから、このような場合は、ただ、休むのでは無く、内部の活性化を目指した生活や運動が必要なのです。

ただ、易疲労は副交感神経優位の場合の人が多いようです。
最近ちょっとしたことで、すぐに疲れるという場合は、生活の状態を一度見直されることをお勧めします。

セルフエスティームを効果的に高める

人生を安全に生き抜くために必要とされている理論があります。

アメリカなどでは護身術の基本的最重要課題としてカリキュラムが組まれていて、常識になっています。

セルフエスティーム(自尊心)とバウンダリー(識別)能力を高めるということです。

これについて詳しくは、こちらで説明があります。

そこで、武道修行以外でも、これらを高める効果的な手段があるのかというご質問に対してお答えします。真の武道もとても近道ですが、それなりの、時間がかかるのも確かです。

そこで、手っ取り早い方法は、1ヶ月くらい人と会うことの無い、厳しいジャングルの中を何も持たずさまようことです。

セルフエスティームやバウンダリーは極限まで高まります。

ビジョンクエストですね。死ぬか生きるかの境地です。

しかしそれは現実離れしているので、まず、セルフエスティームをゆっくりと高めていくほうがいいとおもいます。

それは絶えず、その道を歩んでいかないとまた振り出しに戻ります。

山の中を1ヶ月死ぬかも知れない旅を続けるか、日常で自分の心の中に同じ状況を作って旅を続けるかですが、後者はいかに自らの心的境地の中を歩き続けることができるかがまず課題です。

瞑想などはまさにそうですが、短い時間しかできません。瞑想をして日常を過ごしながら、恐ろしい現実と向き合ってこそ意味があるので、瞑想はその境地を体験するだけになってしまいます。

大切なのは、日常でずっとその境地にいてこそ、セルフエスティームは高まります。日常で、何かと出くわしてその境地から出ると言うことは、ビジョンクエストで狼と出会って恐くなって、山里の街に下りてくるのと同じです。

ですからまた最初からの振り出しです。

その前にその境地はどこなのかと言うことですから、その境地を得るには武道だけでは無く、自分の内を知り尽くしていかないといけません。経験と理論の整合が最も有効です。

経験は武道や日常。理論は唯識論など、自らの内を知ることができる智慧です。

ですから、ビジョンクエストでも、それなりの知恵が備わった青年にしか許されません。

智慧は長老の見識と触れて備わります。現実では、その見識は唯識論などの心理探求ができる合理的な見識に触れることです。

合理的な見識が大切なのです。

ですから、有効にと言うことであれば、まず唯識論または心理学の総合学問(これは大学から行き直しくらい、「総合的」な心理学を学ばないと、それでも十分ではないほどだと思います。ですから心理学では難しい。)を身につけてそれを完全に理解することです。

そして、自分の日常とその理論が整合する境地にいつもいて、この社会を生き抜いていくことができれば1ヶ月ほどで相当に高まります。唯識論の智慧を身につけただけでは、現実と智慧の差異が生まれ逆に心や精神を病むこともあるので、それらを身につけたなら、現実の自分の人生に完全に生かすことが最も大切です。

これらは、私ももう25年もライフワークとして取り組んでいる活動です。

まず、真理すなわち絶対性(何があっても相対するものが無い)に対する智慧を得てから、ビジョンクエストをするのが最も手っ取り早い効果的です。

そういう意味ではビジョンクエストは最高の方法まで到達したとも言えます。

それと同じように、智慧を得て、日常で境地から出ることが無く、多くの経験をする。

山の中よりも、実生活の中で恐ろしい魑魅魍魎と出くわしても、山里へ逃げない世界を生き抜く。完全に出ることが無いのなら、1ヶ月で良いと思います。お寺にこもるなどはだめです。何の生死問題もありません。しかし、仏門に入るのならそれも良いと思います。しかし、それ以外の日常生活を生きていくつもりなら、意味がありません。

まず、それで、この世界を完全に生き抜くことです。これができれば、ビジョンクエストと何ら変わらない効果で、セルフエスティーム(自尊心)とバウンダリー(識別)能力は一挙に高まります。しかし、相当厳しい世界です。多くのものを失うかも知れません。

難しいのは目の前にいつでも逃げ場がある現実社会では、その逃げ場があるという認識から始めないといけません。逃げ場を認識していないと、ついそこに行っては、逃げていないと思うからです。ここからの認識が必要です。

逃げるとは、山から下りる?それなら一からやり直しです。みんないくら瞑想をやっても、同じことです。

それがわかり、またそれをちゃんと傍から指導できる人がいれば、簡単に効果的に高まります。

もしくは、一度本当に死の恐怖の中で死んでみることです。これだけは、「ごつん」と一挙にセルフエスティームとバウンダリーが高まるはずです。これが一番効果的です。生き返る保証はほぼありませんが。